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未発表詩篇〜ノート翻訳詩(1933年)

孟夏谿行

 
この水は、いずれに行くや夏の日の、
山は繁(しげ)れり、しずもりかえる

瀬の音は、とおに消えゆき
乗れる馬車、馬車の音のみ聞こえいるかも

この橋は、土橋(どばし)、木橋(きばし)か、石橋か、
蹄(ひづめ)の音に耳傾くる

山竝(やまなみ)は、しだいにあまた、移りゆく
展望のたびにあらたなるかも
 

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Qu'est-ce que c'est?

 
蛙が鳴くことも、
月が空を泳ぐことも、
僕がこうして何時(いつ)まで立っていることも、
黒々と森が彼方(かなた)にあることも、
これはみんな暗がりでとある時出っくわす、
見知越(みしりご)しであるような初見であるような、
あの歯の抜けた妖婆(ようば)のように、
それはのっぴきならぬことでまた
逃れようと思えば何時(いつ)でも逃れていられる
そういうふうなことなんだ、ああそうだと思って、
坐臥常住(ざがじょうじゅう)の常識観に、
僕はすばらしい籐椅子(とういす)にでも倚(よ)っかかるように倚っかかり、
とにかくまず羞恥(しゅうち)の感を押鎮(おしし)ずめ、
ともかくも和やかに誰彼(だれかれ)のへだてなくお辞儀を致すことを覚え、
なに、平和にはやっているが、
蛙の声を聞く時は、
何かを僕はおもい出す。何か、何かを、
おもいだす。

Qu'est-ce que c'est?
 

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(蛙等が、どんなに鳴こうと)

 
蛙等が、どんなに鳴こうと
月が、どんなに空の遊泳術に秀でていようと、
僕はそれらを忘れたいものと思っている
もっと営々と、営々といとなみたいいとなみが
もっとどこかにあるというような気がしている。

月が、どんなに空の遊泳術に秀でていようと、
蛙等がどんなに鳴こうと、
僕は営々と、もっと営々と働きたいと思っている。
それが何の仕事か、どうしてみつけたものか、
僕はいっこうに知らないでいる

僕は蛙を聴き
月を見、月の前を過ぎる雲を見て、
僕は立っている、何時(いつ)までも立っている。
そして自分にも、何時(いつ)かは仕事が、
甲斐のある仕事があるだろうというような気持がしている。
 

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(蛙等は月を見ない)

 
蛙等は月を見ない
恐らく月の存在を知らない
彼等(かれら)は彼等同志暗い沼の上で
蛙同志いっせいに鳴いている。

月は彼等を知らない
恐らく彼等の存在を思ってみたこともない
月は緞子(どんす)の着物を着て
姿勢を正し、月は長嘯(ちょうしょう)に忙がしい。

月は雲にかくれ、月は雲をわけてあらわれ、
雲と雲とは離れ、雲と雲とは近づくものを、
僕はいる、此処(ここ)にいるのを、彼等は、
いっせいに、蛙等は蛙同志で鳴いている。
 

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蛙 声

 
郊外では、
夜は沼のように見える野原の中に、
蛙が鳴く。

それは残酷な、
消極も積極もない夏の夜の宿命のように、
毎年のことだ。

郊外では、
毎年のことだ今時分になると沼のような野原の中に、
蛙が鳴く。

月のある晩もない晩も、
いちように厳かな儀式のように義務のように、
地平の果にまで、

月の中にまで、
しみこめとばかりに廃墟礼讃(はいきょらいさん)の唱歌(しょうか)のように、
蛙が鳴く。
 

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小 景

 
河の水は濁(にご)って
夕陽を映して錆色(さびいろ)をしている。
荷足(にたり)はしずしずとやって来る。
竿(さお)さしてやって来る。
その船頭(せんどう)の足の皮は、
乾いた舟板の上を往(い)ったり来たりする。

荷足はしずしずと下ってゆく。
竿さして下ってゆく。
船頭は時偶(ときたま)一寸(ちょっと)よそ見して、
竿さすことは忘れない。
船頭は竿さしてゆく。
船頭は、夕焼の空さして下る。
 

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(卓子に、俯いてする夢想にも倦きると)

 
卓子(テーブル)に、俯(うつむ)いてする夢想にも倦(あ)きると、
僕は窓を開けて僕はみるのだ

  星とその、背後の空と、
  石盤の、冷たさに似て、
  吹く風と、逐(お)いやらる、小さな雲と

窓を閉めれば星の空、その星の空
その星の空? 否、否、否、
否 否 否 否 否 否 否 否 否否否否否否否否

⦅星は、何を、話したがっていたのだろう?⦆
⦅星はなんにも語ろうとしてはいない。⦆

⦅では、あれは、何を語ろうとしていたのだろう?⦆
⦅なんにも、語ろうと、してはいない。⦆
 

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(土を見るがいい)

 
土を見るがいい、
土は水を含んで黒く
のっかってる石ころだけは夜目にも白く、
風は吹き、頸(くび)に寒く
風は吹き、雨雲を呼び、
にじられた草にはつらく、

風は吹き、樹の葉をそよぎ
風は吹き、黒々と吹き
葱(ねぎ)はすっぽりと立っている
その葱を吹き、
その葱の揺れ方は赤ン坊の脛(はぎ)ににている。
 

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(僕の夢は破れて、其処に血を流した)

 

僕の夢は破れて、其処(そこ)に血を流した。
あとにはキラキラ、星が光っていた。

雲は流れ
月は隠され、
声はほのぼのと芒(すすき)の穂にまつわりついた。

⦅泣かないな、
俺は泣いていないな⦆

僕はそういってみるのであった。

涙も出なかった。鼻血も出た。
 

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