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未発表詩篇〜草稿詩篇(1925年~1928年)

秋の夜

 
夜霧(よぎり)が深く
冬が来るとみえる。
森が黒く
空を恨(うら)む。

外燈の下(もと)に来かかれば
なにか生活めいた思いをさせられ、
暗闇にさしかかれば、
死んだ娘達の歌声を聞く。

夜霧が深く
冬が来るとみえる。
森が黒く
空を恨む。

深い草叢(くさむら)に虫が鳴いて、
深い草叢を霧が包む。
近くの原が疲れて眠り、
遠くの竝木(なみき)が疑深い。
 

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間奏曲

 
いとけない顔のうえに、
降りはじめの雨が、ぽたっと落ちた……

百合(ゆり)の少女の眼瞼(まぶた)の縁(ふち)に、
露の玉が一つ、あらわれた……

春の祭の街の上に空から石が降って来た
人がみんなとび退(の)いた!

いとけない顔の上に、
雨が一つ、落ちた……

 

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幼なかりし日

 
・・・・・・・・・・
在りし日よ、幼なかりし日よ!
春の日は、苜蓿(うまごやし)踏み
青空を、追いてゆきしにあらざるか?

いまははた、その日その草の、
何方(いずち)の里を急げるか、何方の里にそよげるか?
すずやかの、昔ならぬ音は呟(つぶや)き
電線は、心とともに空にゆきしにあらざるか?

町々は、あやに翳(かげ)りて、
厨房(ちゅうぼう)は、整いたりしにあらざるか?
過ぎし日は、あやにかしこく、
その心、疑惧(うたがい)のごとし。

さわれ人きょうもみるがごとくに、
   子等の背はまろく
   子等の足ははやし。
………人きょうも、きょうも見るごとくに。
 
          (一九二八・一・二五)
 

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冬の日

 
私を愛する七十過ぎのお婆さんが、
暗い部屋で、坐(すわ)って私を迎えた。
外では雀が樋(とい)に音をさせて、
冷たい白い冬の日だった。

ほのかな下萠(したもえ)の色をした、
風も少しは吹いているのだった、
私は自信のないことだった、
紐(ひも)を結ぶような手付(てつき)をしていた。

とぎれとぎれの口笛が聞えるのだった、
下萠の色の風が吹いて。

ああ自信のないことだった、
紙魚(たこ)が一つ、颺(あが)っているのだった。

 

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聖浄白眼

 
   神に

面白がらせと怠惰のために、こんなになったのでございます。
今では何にも分りません。
曇った寒い日の葉繁みでございます。
眼瞼(まぶた)に蜘蛛がいとを張ります。

   (ああ何を匿(かく)そうなにを匿そう。)

しかし何の姦計(かんけい)があってからのことではないのでございます。
面白がらせをしているよりほか、なかったのでございます。
私は何にも分らないのでございます。
頭が滅茶苦茶になったのでございます。

それなのに人は私に向って断行的でございます。
昔は抵抗するに明知を持っていましたが、
明知で抵抗するのには手間を要しますので、
遂々(とうとう)人に潰されたとも考えられるのでございます。

   自分に

私の魂はただ優しさを求めていた。
それをそうと気付いてはいなかった。
私は面白がらせをしていたのだ……
みんなが俺を慰(なぐさ)んでやれという顔をしたのが思いだされる。

   歴史に

明知が群集の時間の中に丁度よく浮んで流れるのには
二つの方法がある。
一は大抵の奴が実施しているディレッタンティズム、
一は良心が自ら楝獄(れんごく)を通過すること。

なにものの前にも良心は抂(ま)げらるべきでない!
女・子供のだって、乞食のだって。

歴史は時間を空間よりも少しづつ勝たせつつある?
おお、念力よ!現れよ。

   人群(じんぐん)に

貴様達は決して出納掛(すいとうがかり)以上ではない!
貴様達は善いものも美しいものも求めてはおらぬのだ!
貴様達は糊付け着物だ、
貴様達は自分の目的を知ってはおらぬのだ!
 

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詩人の嘆き

 
私の心よ怒るなよ、
ほんとに燃えるは独りでだ、
するとあとから何もかも、
夕星(ゆうづつ)ばかりが見えてくる。

マダガスカルで出来たという、
このまあ紙は夏の空、
綺麗に笑ってそのあとで、
ちっともこちらを見ないもの。

ああ喜びや悲しみや、
みんな急いで逃げるもの。
いろいろ言いたいことがある、
神様からの言伝(ことづて)もあるのに。

ほんにこれらの生活(なりわい)の
日々を立派にしようと思うのに、
丘でリズムが勝手に威張って、
そんなことは放ってしまえという。
 

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処女詩集序

 
かつて私は一切の「立脚点」だった。
かつて私は一切の解釈だった。

私は不思議な共通接線に額して
倫理の最後の点をみた。

(ああ、それらの美しい論法の一つ一つを
いかにいまここに想起したいことか!)

     ※

その日私はお道化(どけ)る子供だった。
卑小な希望達の仲間となり馬鹿笑いをつづけていた。

(いかにその日の私の見窄(みすぼら)しかったことか!
いかにその日の私の神聖だったことか!)

     ※

私は完(まった)き従順の中に
わずかに呼吸を見出していた。

私は羅馬婦人(ローマおんな)の笑顔や夕立跡の雲の上を、
膝頭(ひざがしら)で歩いていたようなものだ。

     ※

これらの忘恩な生活の罰か? はたしてそうか?
私は今日、統覚作用の一欠片(ひとかけら)をも持たぬ。

そうだ、私は十一月の曇り日の墓地を歩いていた、
柊(ひいらぎ)の葉をみながら私は歩いていた。

その時私は何か?たしかに失った。

     ※

今では私は
生命の動力学にしかすぎない――――
自恃をもって私は、むずかる特権を感じます。

かくて私には歌がのこった。
たった一つ、歌というがのこった。

     ※

私の歌を聴いてくれ。
 

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夏の夜

 
   一

暗い空に鉄橋が架(か)かって、
男や女がその上を通る。
その一人々々が夫々(それぞれ)の生計(なりわい)の形をみせて、
みんな黙って頷(うなず)いて歩るく。

吊られている赤や緑の薄汚いランプは、
空いっぱいの鈍い風があたる。
それは心もなげに燈(とも)っているのだが、
燃え尽した愛情のように美くしい。

泣きかかる幼児を抱いた母親の胸は、
掻乱(かきみだ)されてはいるのだが、
「この子は自分が育てる子だ」とは知っているように、

その胸やその知っていることや、夏の夜の人通りに似て、
はるか遥かの暗い空の中、星の運行そのままなのだが、
それが私の憎しみやまた愛情にかかわるのだ……。

   二

私の心は腐った薔薇(ばら)のようで、
夏の夜の靄(もや)では淋しがって啜(すすりな)く、
若い士官の母指(おやゆび)の腹や、
四十女の腓腸筋(ひちょうきん)を慕う。

それにもまして好ましいのは、
オルガンのある煉瓦(れんが)の館(やかた)。
蔦蔓(つたかづら)が黝々(くろぐろ)と匐(は)いのぼっている、
埃(ほこ)りがうっすり掛かっている。

その時広場は汐(な)ぎ亙(わた)っているし、
お濠(ほり)の水はさざ波たててる。
どんな馬鹿者だってこの時は殉教者の顔付(かおつき)をしている。

私の心はまず人間の生活のことについて燃えるのだが、
そして私自身の仕事については一生懸命練磨するのだが、
結局私は薔薇色の蜘蛛(くも)だ、夏の夕方は紫に息づいている。
 

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屠殺所

 
屠殺所(とさつじょ)に、
死んでゆく牛はモーと啼(な)いた。
六月の野の土赫(あか)く、
地平に雲が浮いていた。

  道は躓(つまず)きそうにわるく、
  私はその頃胃を病(や)んでいた。

屠殺所に、
死んでゆく牛はモーと啼いた。
六月の野の土赫く、
地平に雲が浮いていた。
 

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春の雨

 
昨日は喜び、今日は死に、
明日は戦い?……
ほの紅の胸ぬちはあまりに清く、
道に踏まれて消えてゆく。

歌いしほどに心地よく、
聞かせしほどにわれ喘(あえ)ぐ。
春わが心をつき裂きぬ、
たれか来りてわを愛せ。

ああ喜びはともにせん、
わが恋人よはらからよ。

われの心の幼くて、
われの心に怒りあり。

さてもこの日に雨が降る、
雨の音きけ、雨の音。
 

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